馬籠宿 (46 画像)
中山道69宿のうち、木曽谷には11の宿場が置かれていた。馬籠は板橋を1番目とすると43番目の宿場になり、江戸からの距離は83里6町余りとなっていた。
街道が山の尾根に沿った急斜面を通っているので、その両側に石を積んで屋根を造る「坂のある宿場」が特徴となっている。
宿場の中央には高貴な人の宿泊に備えた「本陣」や「脇本陣」、荷物運搬の差配をする「問屋」が置かれ、旅人の利用する「旅籠」が18軒、このほか「飯屋」や「馬宿」があって、行き交う旅人でにぎわった。
1892(明治25)年に、木曽川沿いに国道が開設され、さらに1912(明治45)年には国鉄中央線が全線開通することにより、宿場としての使命を終えた。
1895(明治28)年と1915(大正4)年の二度の大火で江戸時代の遺構の殆どを消失した。

●水車塚
●馬籠上陣場
●藤村記念館
●清水屋資料館
●永昌寺
●諏訪神社
●馬籠城跡
●正岡子規句碑
●新茶屋の一里塚
●落合石畳遊歩道

・岐阜県中津川市馬籠
公式ホームページ

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