下田歌子勉学所 (8 画像)
下田歌子の祖父は東条琴台で、「聖世紹胤録」など多数の著述をもつ学者であり、父鍒蔵も岩村藩校知新館の教授をしたことがある学者の家庭に生まれ育った。5歳で俳句をつくり和歌も詠み、7、8歳にして美事な韻を踏んだ漢詩を賦し、神童と呼ばれた。
しかし女であるため、すぐ近くにある知新館で学ことは許されなかった。
家庭において祖母貞から読み書きの手ほどきをうけ、祖父と父の豊富な蔵書を読みあさって、次第に頭脳を多彩的なものとし、詩的な情操をより豊かにしていった。独学で修めた和漢学は知新館の教授も驚嘆するほどになった。
この室は父の書斎であり、歌子の勉強した室である。
幼い頃から歌この胸中に秘かに燃えていた炎は、女というだけで知新館へ入学できなかったという反発であった。
17歳で上京し、やがて実践女子学園を創立するにいたった苦難の道を進むのを支えたのは、この炎であった。

●岩村城址公園(岩村藩藩主邸跡)
●下田歌子生誕の地
●三好学像
●岩村城跡

・岐阜県恵那市岩村町66
公式ホームページ

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